2021/5/17
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九州の旅(山口・広島編)最終章 |
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❖九州の旅(山口・広島編)2021.5.12 最終章! 山口・広島編なのになぜか、九州の旅とは如何に?(九州の旅の最終章ということで、ご了承を!) 防府市内のホテルに宿泊、ここは夕食無しのため、近くの食堂風なところで「生姜焼き定食」を馳走になりました。味はまあまあでした。手ごろなお値段で気分も、懐も満足致しました。 明日の、道順などを検索しながらこれまでの道程を振り返ります。長い道のりではありましたが、私の思いはほぼ届きそうな感じです。お袋の顔も見れたし、念願の「知覧特攻平和会館」も訪れることができました・・・。 明日のメインは、「広島平和記念資料館」です。5年くらい前に訪れましたが、時間がなく見ることができませんでした。後で思うと、肝心な場所を見逃したとつくづく悔やみました。今回は、リベンジに燃えています。楽しみです。(ちょっと不謹慎でした。反省!!) それと、呉にある「大和ミュージアム」も楽しみにしています。 5/12(水)7時過ぎにホテルを出発。 国道2号線を一路広島へ、途中給油しながら進みます。今日は最終になるので時間制約がありません。ゆったりできます。 ふと、看板を見ると「錦帯橋」という文字が飛び込んできました。 そういえば・・・、有名なアーチ型の橋です。 ここは、見に行きますか! ハンドルを切り、錦帯橋へ進む。 国道2号線からすぐにありました。 ![]() ![]() 駐車場は、河川敷の中にあります。(無料です)恐る恐る、入っていきます。小石が敷き詰められていましたが、大丈夫でした。下手な砂利よりしっかりしています。 ただ、大雨・洪水時には危険だなーと、ついつい余計なおせっかいをしてしまいます。根っから危機意識が強いんですね!(元職種のせいですね! いかんばい!) 錦帯橋は、日本三名橋の一つであります。(三名橋…長崎:眼鏡橋、山口:錦帯橋、東京:日本橋)木造五連のアーチ橋。1673年の創建。反り橋の構造は、精工かつ独創的です。今もって健在して入りというのが須吾の一言です。 ちなみに通行は、有料でした。(300円くらいかな!) 国道2号線に戻り、広島市内を目指します。途中、宮島を通過、厳島神社はここからフェリーで参ったことを思い出しました。 やがて、原爆ドームが見えてきました。 近くの有料駐車場に車を入れ、雨も降ってきましたので傘を差しながら、目当ての「平和記念資料館」へと足を運びます。平日でお昼時、雨も降っているためか、人通りも多くありません。イヤーな予感もする中、「平和記念資料館」の玄関へ行き唖然!! ドアに、張り紙が・・・。「コロナ非常事態宣言につき閉館中」、折角盛り上がった気分も、奈落の底に落ち込み、これまでの疲れが肩にどっしりと重く圧し掛かってきます。ガッカリです・・・。 「平和記念資料館」を後にしながら、次回はいつ来られるのか?と、ため息交じりに「後ろ髪を引かれる思い」でした。 気を取り直して、次の訪問先の「大和ミュージアム」に向けて車を進めます。 実は、5年前にも「大和ミュージアム」は訪れています。しかし、私の検索ミスで当日は「お休み」でした。 先ほどの、「平和記念資料館」も休館していましたので、”同じ轍は踏みたくない” と早速、大和ミュージアムに連絡しました。本日は開館中ですか?「はい、開いています。」とのお返事。心の中で ”ありがとう” と言って電話を切りました。 やっと、「大和ミュージアム」に着きましたが、駐車場の入り口を見逃しました。雨も降っています。Uターンもままならない道です。やむなく、横のスーパーの駐車場に入れました。そういえば、先回来た時もここに入れました。 「大和ミュージアム」に入り、一言「駐車場はどこにあるんですか?」、建物の手前にありますとのこと。そうですか、看板見えませんでしたが・・・! ちょっと皮肉を付け加えておきました。 ![]() ![]() ![]() 室内の展示物は、戦艦大和に関するものは当然ですが、その乗組員、幸いにも生きて帰還された方の証言ビデオなどもありました。大和への爆撃の凄さが語られ、撃沈され海中へ沈んでいく時の引き渦の凄さも伝わってきます。 … 戦艦大和 … 戦艦大和は、 大日本帝国海軍が建造した大和型戦艦の第1番艦であり、史上最大にして唯一46インチ砲を搭載した超弩級戦艦である。昭和20年(1945年)4月7日、沖縄海上特攻作戦に旗艦として初参戦したが、アメリカ軍艦載機約300機に攻撃され「坊ノ岬沖」で沈没した。 敵艦隊と対戦することなく沖縄の海の藻屑となったが、日本最後で最強の「戦艦大和」の雄姿を脳裏に映しこみ、思いに耽った時間でした。訪れて最高でした。 続いて、横にある海上自衛隊の 「てつのくじら館」(下部写真) にもお邪魔いたしました。 潜水艦を展示している館で、実際に使用していたもの展示し、内部も見ることができます。映画ドラマで見るような内部です。通路は狭く、こんなところで寝起きをするのかと思うくらい狭いところでした。 「発令所」にも入ることができ、潜望鏡ものぞくことができました。もちろん外の景色が見れます。 管内の食堂には、潜水艦でお馴染みの「カレーライス」もあり、薦められましたが、丁重にご無礼申し上げました。 ![]() 「てつのくじら館」を経て、一路帰路へ我が家へ向けて、15過ぎの発進です。 東へ向かってヨーソロー! 国道2号線へ戻り、山陽道の志和ICへ向かいます。時間帯が・・・、渋滞にハマります。一行に車は進みません。 時間はたっぷりあるので急がず、慌てず!行きます。17時には、志和ICに入ることができました。 我が家まで休憩を入れて約8時間程の道のりです。雨も降っているので、速度も法定速度付近で進みます。 5年前の親父の葬儀の帰りのことを思い出し、小動物に注意しながらの運転になりました。 実は、5年前の親父の葬儀の帰りに、高速道路(山口県)で乗っていたレンタカーが小動物と接触し、ラジエターが損傷、走行不能となった事象が発生しました。この時のトラウマが頭の片隅に残っています。 腹立たしいのは、この時対応した「山口県警」の対応が今でも忘れられません。 事故に遭遇して困っている我々家族に助言も与えず見放して、さっさと高速道路から引き揚げて行きました。 何という非常識な!それからは、山口県警には、残念ながら、”憎しみ”しか抱けません。税金返してほしいわ!(今思い出しても腹が立ってきます(-_-メ)) 残された我々はどうすればよいのか途方に暮れました。その時、助けていただいたのが、レンタカーを引き取りに来てくれた、レッカー車のおじさんでした。 帰宅後、感謝のお手紙ときちんとお礼を致しました。 5/13(木)1:50 無事「我が家」に到着。 長い旅でした。途中、睡魔に何度襲われたでしょう!それを払しょくしながら,SAで休憩しながらの道中でした。 我ながら、よく無事に事故にも合わず帰ってこれたと思っています。これも、数々の神社、神宮をお参りしたご加護かもしれません。お神様に感謝、感謝申し上げ、お袋のお見舞いと九州の旅を幕といたします。 九州の旅については、この後余裕があれば、「旅の動画」として、HP上に掲載いたします。お楽しみに! |
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